然る魔の国と闇の国の謎

二話 秘密のトンネルと妖怪忘れん坊

闇の国の奥深くにある、薄暗い長~い通路の片隅・・・

物音一つしない虚(こ)の空間に、不気味な厄病神の部屋があります。

 

その部屋の繊細な彫刻で施された机の上に、古びた大きな本・・・ 

と、思われるものが載っています。

布で覆われている表紙は色褪せ、角がぼぼけ・・・

触れると粉々に崩れてしまいそうな黄ばみを帯びた和紙は、

長い間使用され、時を重ねてきた事を物語っています。

 

その本のページが、誰も触れていないのに捲られていきます。

あるページを開くと、ゆっくりと動きが止まりました。

 

すると・・・

誰も居ないと思われていた薄暗い部屋に、黒い靄(もや)が漂います。

靄が本の前で渦を巻き、黒い影が現れました。

そして、黒い影が、そのページを見つめます。

 

開かれたページには、「秘密のトンネル」と、書かれてありました。

 

 

    「秘密のトンネル」について記する。

   

   知恵・勇気・純真な心が、トンネルの扉を開ける鍵。

   扉が開く時・・・夢と現実が、糸で結ばれる。

   扉が開かぬ時は、無碍(むげ)の迷路に落ちるであろう。

 

 

 

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 コト コト  コト コト

昏昏として、仄(ほのか)な月明かりも・・・

 

 コト コト  コト コト

一つの星の輝きも無い・・・

 

 コト コト  コト コト

闇より暗い空間に・・・

 

 コト コト  コト コト

小さな音が響いています。

 

 

好奇心旺盛な縫い針の双子の兄弟

ムロロとメロロは、小さな音が気になって

針山母さんのポケット布団から抜け出して来たものの・・・

ちょっと・・・後悔しています。

真っ黒な風呂敷に包まれて、箪笥(たんす)の奥の暗黒の世界に

閉じ込められてしまった衣のように、真っ暗闇で周りが何も見えないのです。

 

コツン!

「痛ーっ!」

前を歩いていたムロロが急に止ったので、ぶつかってしまい・・・

 

「どうしたの・・・?」

メロロが、頭を押さえます。

 

「もう・・・無理だよ!真っ暗で何も見えない!」

ムロロが、前が見えなくて立ち止ったのです。

二人は、前も後ろも真っ暗闇で身動きができません。

光のない世界が、こんなにも怖く、恐ろしいものだと初めて知りました。

そして・・・困って・・・

もう、やめようかと悩んでいると・・・

 

 

 コト コト  コト コト

小さな音が、近づいて来て・・・

 

 コト コト  コト コト

横を通り過ぎて行きました。

 

 

やっぱり・・・

好奇心の方が大きいようです。

二人は、顔を近づけて・・・

 

「どうする・・・?」

「呼ぼーか・・・?」

 

二人は、決心すると・・・

それぞれのポケットから、紐のついた小さな丸い石を出しました。

それには、色とりどりの糸を組んだ美しい飾り紐が結んでありました。

そして、二つの紐を結ぶと・・・

 

 

 カチ カチ  カチ カチ

「ピッピー!」

 

 カチ カチ  カチ カチ

「出ておいでー!」

 

と、声を揃えて、闇の国の妖魔・・・

火炎魔大王の使い魔の火の子の名前を呼びました。

 

二人が鳴らしたものは・・・

火の子のピッピを呼ぶ時に、危なく無いように、つるつるに磨いた

音だけが出る、丸い火打石の玉でした。

ムロロとメロロに、それぞれ一つづつ、針山母さんが作ってくれたものでした。 

 

 

 

「聞こえたかな・・・?」

「どうだろう・・・?」

 

二人が、キョロキョロして様子を伺っていると・・・

 

 

 ホワ~ン・・・

真っ暗な空間に・・・

 

 ホワワ~ン・・・

小さな橙(だいだい)色の光が現れ・・・

 

 ホワ~ン・・・ 

光の周りの空気が回転し始めると・・・

 

 ホワワ~ン・・・

中から、橙色の炎の髪をなびかせて・・・

火炎魔大王の使い魔、火の子のピッピが元気良く飛び出して来ました。

そして・・・

 

「どうしたの・・・? こんな時間に呼ぶなんて・・・?」

不思議な顔をしてムロロとメロロを交互に見ます。 

 

「こんな時間だから呼んだんだよ!」

ムロロが、目を大きく開けて周りの暗闇を見ながら答えます。

 

「不思議な音がするんだ! でも、暗くて見えないんだよ!」

メロロも、耳に手を当てて気配を気にしながら答えます。

 

「不思議な音・・・?」

ピッピは、そーっと耳を澄ませます。

 

 

 コト コト  コト コト

確かに小さな音が聞こえます。

 

 コト コト  コト コト

「何だろう・・・?」

ピツピも、興味をそそられます。

 

しかし・・・

音がするのに、暗くて良く見えません。

なので・・・

周りの空気を大きく吸い込むと、橙色の炎の髪を燃え上がらせ、真っ暗だった空間を照らします。

すると・・・

 

「うわーっ!」

ムロロの悲鳴が・・・

 

「何だーっ! これーっ!」

メロロの叫び声が・・・

 

「おーっ!」

不気味な事には慣れているピッピも、驚きの声を上げます。

 

 

炎に写しだされた空間は、真っ黒でつるつるした壁が

呼吸をしている心臓のように、どくどくと波打ち・・・

三人の目の前で、大小さまざまな穴が、開いたり閉じたりしていました。

 

 

 

そして・・・

目を凝らして良~く見ると・・・

まざまな穴の周りに、文字が書いてありました。

 

   * 風の穴 

   * 花の穴 

   * 水の穴 

   * 龍の穴 

   * 無碍(むげ)の穴

 

風の穴が一番小さく ・・・

一番大きい無碍の穴が、不気味な気配を漂わせていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の国のある一画に、紫の丘と呼ばれている空間があり・・・

紫色の小さな花を付けた忘れな草の花が、なだらかな丘一面に広がっています。

 

その紫の丘を二つに隔てるかのように、一本の小路がうねうねと曲がりながら伸びています。

 

その道を、紫色の着流しを着た、深編み笠をかぶった虚無僧(こむそう)が、大きな杖を持って歩いています。

しかし、なぜか違和感を覚えます。

すると・・・

 

 

 ゴーン ゴーン  ゴーン ゴーン

闇の国に聳える高い塔の鐘の音が・・・

 

 ゴーン ゴーン  ゴーン ゴーン

低い重たい音色を響かせ、紫の丘まで聞こえてきます。 

 

 

その鐘の音を聞くと・・・

虚無僧は、深編み笠を被り直して、一目散に走り始めました。

 

それを見ていた者がいたとしたら・・・

美しい紫の花の小路を、深編み笠が走っていると思ったに違いありません。

違和を感じる訳です。

虚無僧は、肩から上の深編み笠の大きさと、肩から下の体の大きさが同じなのです。

 

その二頭身の虚無僧が、短い脚を動かして、なだらかな小路を一生懸命走って行きます。

 

しかし・・・

努力も水の泡・・・

ドテッ!

足がもつれて、転がってしまいました。

それと同時に、深編み笠も吹っ飛んで・・・

虚無僧の大きな頭が現れました。

 

 

なぜ・・・? そんなに頭が大きいのかと・・・お思いでしょう。

それは・・・

虚無僧は、闇の国の妖怪、忘れん坊だからなのです。 

忘れん坊は、みんなの頭の中の思い出を忘れさせてしまいます。

そして、自分の頭の中に記憶させるのです。

だから、頭が大きくなってしまったのです。

記憶なんて、忘れさせなければいいのに・・・と、お思いでしょう。

しかし・・・

それが辛いところ・・・妖怪忘れん坊の闇の国の勤めなのです。

 

 

 ゴーン ゴーン  ゴーン ゴーン

鐘の音が、容赦なく鳴り響いています。

 

 ゴーン ゴーン  ゴーン ゴーン

闇の法廷が開かれる合図の鐘の音が・・・

 

 

「たいへん! たいへん! 遅刻してしまうぞー!」

 

忘れん坊は、深編み笠を拾うと大きな頭に被せ・・・

短い脚を絡ませながら、忘れな草の花が満開の紫の丘を駆けて行くのでした。

 

 

三話 青い糸の魔法(然る魔の国への扉) へ・・・ 続く・・・