然る魔の国と闇の国の謎
五話 風の穴の謎と紗枝の神
ハアー ハアー ・・・
砕けそうな硝子の心を奮い立たせ・・・
ハアー ハアー ・・・
縺れる鉛の足を引きずって・・・
ハアー ハアー・・・
尽きることのない暗黒の空間を登り続ける・・・
ハアー ハアー・・・
あいつが現れる前に・・・
朱色の薄絹の衣を着た揚げ巻髪の少年が、
目の前に聳(そび)く石畳の階段を見上げています。
大小様々な石で重ねられた、果てしなく伸びている
終わりの見えない長い道を・・・
「ふうーっ・・・」
大きく深呼吸すると、一気に階段を駆け上がります。
周りを見ることも、後ろを振り返ることもなく
真っ直ぐに前を見つめて・・・
ヒュー ・・・
口笛を吹くような小さな風音が、一心不乱に走る少年の
背後から聞こえ、揚げ巻結びの飾り紐を掠めて通り抜けて行きます。
焦る気持ちを押さえ、今まで以上に力を込めて石畳の階段を駆け上がります。
ヒュー・・・ ゴトゴト・・・
風音と共に、石が砕ける音も聞こえ始めます。
少年は、狂い焦がれる思いで出口を探し求めます。
しかし・・・
求める先は、まだ遥か彼方・・・
石畳が続く階段の先は、白銀の大蛇(おろち)が蜷局(とぐろ)を巻いて
行く手を阻んで居るかの如く、渦巻く霧で覆われていました。
ヒュー・・・ ゴトゴト・・・
一陣の小さな風は、次第に渦を巻き、一巡ごとに強さを増し
巡り巡って大竜巻となり、石畳の階段を呑み込んでいきます。
そして・・・
必死で駆け上がる少年の願いも、足元の石畳も砕け・・・
大きな風の渦の中に吸い込まれていくのでした。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
コト コト コト コト
暗闇の中で、小さな音が聞こえてきます。
キョロ キョロ キョロ キョロ
六つの目玉が警戒して、まん丸に開いています。
コト コト コト コト
目の前を、腰から吊るされた、ひょうたんが小さな音を立てて通り過ぎて行きます。
ジロ ジロ ジロ ジロ
六つの目玉が、ひょうたんに集まります。
好奇心を煽(あお)りたてられた小さな音の正体が分かり、ちょっと安堵・・・
しかし・・・
コト コト コト!
風の穴の前で、音が止まりました。
エッ! エエエーッ!
六つの目玉が、まん丸どころか、飛び出して驚いています。
「うわーっ! 何だ!」
ムロロが、叫びます。
「と・と・溶けたよね・・・?」
メロロも、驚いて叫びます。
「もっと、 近づいて見よう!」
火の子のピッピが、頭の炎を膨らましながら風の穴に向かいます。
小さな風の穴は、開いたり閉じたりして相変らず不気味な気配を漂わせています。
小指の先程の小さな穴は、とても通り抜けることは出来そうにありません。
しかし・・・
今、コトコトと音を立てて引きずっていた、ひょうたんの中のものを飲むと・・・
風の穴の前に立っていた少年が、とろとろと溶けて穴の中へ吸い込まれてしまったのです。
驚いた三人は、急いで風の穴へ近づこうとすると・・・
やめろ・・・
「えっ!」
ピッピが、慌てて辺りを見回します。
「ピッピ! どうしたの?」
心配するムロロの目が、ありました。
「何か聞こえなかった?」
ピッピが、二人に聞きます。
「別に何も・・・」
メロロも、ピッピの慌てぶりに不安な顔をしています。
気のせい・・・?
ピッピは今、大王様の声が聞こえた様な気がしました。
まさか・・・?
ピッピの心に不安がよぎります。
しかし、好奇心でいっぱいの自分を抑えられず
頭を大きく振ると炎を燃え上がらせて、もう一度風の穴へ近づいて行くのでした。
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ハアー ハアー ・・・
朱色の薄絹の衣の袖を翻(ひるがえ)し、石畳の階段を駆け上っています。
ハアー ハアー ・・・
脇目も振らず、一心不乱に出口を求めて・・・
ハアー ハアー ・・・
あの風が吹く前に、今度こそと・・・
「そんなに急いで、どこへ行くの・・・?」
ハアー ハアー ・・・
「えっ!」
突然話かけられ・・・
どっし~ん! ころころ・・・・
石畳みに躓いて、せっかく登って来た階段を転がり落ちてしまいました。
「痛ーっ!」
少年は、ぶつけたお尻を擦りながら声の主を捜します。
すると・・・
ホワ~ン ・・・ ホワホワ ・・・
目の前の空気が揺れ始め・・・
ホワ~ン ・・・ ホワホワ ・・・
小さな橙色の灯りが現れ・・・
ホワ~ン ・・・ ホワホワ ・・・
空間から、髪が炎で燃えている少年が現れました。
「うわーっ! 誰だーっ!」
少年は、いままで何度も何度も石畳の階段を登り・・・
その都度、大風に邪魔をされ、風の穴の前に戻されるのでした。
その間、一度も他の者と出会ったことがなかったのです。
「風の穴へ、君が入って行くのが見えたんだ!
だから、後を追って来た。 ここで、何をしているの?」
「階段の先に、出口があるんだ!」
「出口・・・?」
「この暗いトンネルから、抜け出す出口だよ。
でも、いつも登り切る前に、風に掴まって風の穴の前に戻される」
少年の暗い瞳が、ピッピを眩しそうに見つめます。
すると・・・
ヒュー ・・・
小さな風音が聞こえてきました。
「ほらもう、風に気付かれた・・・邪魔しないで!」
少年は、霞で覆われた不気味な空を見上げると、また石畳の階段を駆け上がって行きます。
ヒュー ・・・ゴトゴト ・・・
風が渦巻き、石畳が次々と崩れ落ちて行きます。
「うわーっ!」
火の子のピッピも、おもわず階段を駆け上がり後を追い駆けます。
しかし・・・
「熱っちちち・・・」
少年が、悲鳴を上げます。
ピッピの頭の炎が、風に煽られて少年のお尻を掠めます。
「熱っちちち・・・ 離れろよ・・・」
お尻が焦げだし、白い煙が燻(くす)ぶり始め・・・
「そんなこと言われたって・・・ あれ~・・・」
ピッピの足元の石が、ボロボロと崩れ落ち始め・・・
「熱っちちち・・・ 邪魔するなよ~・・・」
少年の足元の石も、容赦なく崩れ・・・
ピッピと少年は、残響と共に荒れ狂う風の渦に、呑み込まれて行きました。
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ジロ ジロ ジロ ジロ
「ピッピ、大丈夫かな~?」
小さな風の穴を覗いているムロロが、心配しています。
ジロ ジロ ジロ ジロ
「たぶん ・・・」
ムロロの顔を押しのけながら、代わりに風の穴を覗きながらメロロが答えます。
(ちょっと、覗いてくる!)
(大丈夫・・・?)
(だぶん ・・・)
そう言って、ピッピは全身炎に包まれると、風の穴の中に吸い込まれて行ったのです。
コト コト コト コト
心配する二人の背後で、小さな音が聞こえ・・・
「何してるの?」
急に近くで、声が聞こえました。
驚いて振り向くと・・・
さっき、トロトロと溶けて風の穴に入って行った、少年が立っていました。
そして・・・
「あ~ びっくりした! とんだ災難だよ!」
空間から橙色の炎が現れ、元気よく火の子のピッピが飛び出して来ました。
「あっ! ピッピ!」
ムロロとメロロが、ほっとして声を掛けながら走り寄って行きます。
すると・・・
「それは、こっちの台詞だよ! お尻が、焦げちゃったよ!」
少年が、お尻を心配しながら文句を言います。
「あはは・・・ ごめん! ごめん!」
ピッピは、謝りながら焦げたお尻を覗きます。
「でも良かったよ。 真っ黒に焦げなくて、
紗枝の神様に、逢えなくなる所だったよ!」
「紗枝の神・・・?」
ピッピが、聞き返します。
「そう、迷っている時の道しるべなんだ!」
少年は、焦がれる様に虚空を見つめ・・・
「そして、名前を付けてくれたんだ!
私の着ている朱色の薄絹の衣を見て、朱羅丸(しゅらまる)と・・・」
「君、朱羅丸って名前なの・・・?」
ムロロが、興味津津で聞きます。
「紗枝の神? どこに居るの・・・?」
メロロも、目を輝かせて尋ねます。
「美しくて、優しくて、温かいんだ!
あの、長い石畳の階段の先に紗枝の神様は居る!
枝いっぱいに美しい宝玉の実を付ける所に・・・」
少年の瞳の奥で、小さな光が輝きます。
「紗枝の神に逢えたら、どうするの・・・?」
不思議に思ってピッピも、尋ねます。
少年が悲しそうに、邪魔をする風の穴を見つめて答えます。
「願い事があるんだ! 何でも願い事を叶えてくれると言われている
菩薩様の居場所を教えてもらうんだ!」
「菩薩様? 何? 願い事って・・・?」
「それは秘密!」
少年の瞳の奥で、また小さな光が輝きます。
そして・・・ 三人を見つめ・・・
「ここで会ったのも何かの縁だよ。力を貸してほしい。
風の穴を抜ける為に・・・」
朱羅丸は、決死の想いを語るのでした。
六話 花の穴の謎と夢仙人のとろけ草 へ・・・ 続く・・・