干支物語
(‘あつひめ’奮闘記)
一話 歳徳神(としとくじん)の杖
ゴーン ゴーン ・・・
深々と降り敷く雪の中、凍える空気を波打たせ
除夜の鐘の音が、遥か彼方の恵方の地まで響いて行きます。
ゴーン ゴーン ・・・
雪肌に移り変わり行く、四方の山を駆け抜けながら
雲海の中央に聳える寂光の高山の頂きに、一頭の天馬が舞い降りました。
ヒヒヒーン
琥珀に輝く大きな翼を広げ、声高く嘶(いなな)くと、大きく首を振ります。
コロン コロコロコロ ・・・
天馬の耳の中から、小さな石が転がり落ちました。
「イタタタ ・・・」
驚く事に、石が喋りました。 いえいえ、石では無いようです。
よーく見ると、小さなお地蔵様です。
「つい、気持ちよーて、うっかり寝てしまった ・・・」
小さな手で、お尻を撫でながら、キョロリと周りを見渡します。
お地蔵様の目の前には、千里の先まで、七色に輝く雲海が広がっていました。
「おっ! ここは ・・・」
ゴーン ゴーン ・・・
そして、除夜の鐘の音に気が付きます。
ゴーン ゴーン ・・・
「もう、年の瀬か ・・・ 早いもんじゃ ・・・
お前の年は、疾風のように駆け抜けて行く。 ごくろうじゃったな ・・・」
そう言うと、小さなお地蔵様は、右手に持っていた古めかしい木の杖を振りました。
ヒヒヒーン
天馬は大きく嘶くと、光り輝き、お地蔵様の杖の中へ吸い込まれて行きました。
「スーフー ・・・」
小さなお地蔵様は、大きく深呼吸すると、木の杖をもう一度振りました。
すると、杖が光り輝き、中から金茶色に輝いた猿が現れました。
「おーっ! 来年は、申年か? こりゃ忙しくなりそうじゃ!
悪戯せんでくれよ。 十二年前は、大変じゃったぞ ・・・」
お地蔵様は、にっこり微笑むと、猿と目が合いました。
猿が、不思議そうに、ほかーんとして、お地蔵様を見ています。
「おっ! なんじゃ ・・・? おとなしいの、十二年ぶりじゃのに ・・・
そうか、そうか。 お前も十二年経って成長したかな ・・・はっはっはっ ・・・」
すっかり喜んでいる、お地蔵様に、猿が大きくジャンプして、くるりと空中で一回転すると大きな声で言いました。
「何、呆けているんだよ! 来年は、俺の年じゃねえよ!」
「おっ ・・・? 申年じゃない ・・・?」
お地蔵様は、指を折りながら数えます。
「子丑寅兎辰巳午申酉戌亥 ・・・あれ! あれ? 足りない ・・・」
もう一度、数えます。
「子丑寅兎辰巳午羊 ・・・羊 ・・・午年の次は、羊年じゃった ・・・
ははは ・・・すまん! すまん! 間違えてしもうた!」
お地蔵様は、照れながら木の杖を振ります。
「耄碌(もうろく)するなよー! 頼むぜー!」
そう言いながら、猿は光に包まれて杖の中へ消えて行きました。
「危うく干支を間違えるとこじゃった! 寝ぼけてたかな。
でも、杖が間違える事は、ないはずじゃがなー ・・・ふーむー ・・・?」
そう言いながら、もう一度杖を振り直します。
杖が光ると、今度は中から純白に輝く鳥が現れました。
寂光の高山を一回りすると、羽衣のような錦の翼を広げ、嘴(くちばし)を尖らせて怪訝な顔をしています。
そして、ピーチクパーチク怒涛の如く、文句を言われてしまいました。
小さなお地蔵様は、耳を塞ぎながら、
「こりゃたまらん!」
慌てて、杖を振り直します。
次に現れたのは、犬でした。
「ウオーン ・・・」
一声吠えると、銀色に輝く毛並みを波打たせ、クルクルお地蔵様の周りを回っています。
「おおっ! すまん! すまん!」
お地蔵様は、頭を撫ぜてあげました。
犬が杖の中へ戻ると、突然、紫紺の猪が勢いよく飛び出して来ました。
「うわーっ! 相変わらず、威勢がいいの ・・・」
あっと言うまに、美しい広大な雲海の中へ、まっしぐら!
「おいおい!」
お地蔵様は、頭を抱えます。
「おかしい ・・・何故じゃ ・・・?」
次は、鼠。 その次は、牛。 又その次は、兎。
何回も、杖を振っても、羊が現れませんでした。
「何処じゃー! 何処へ行ったー! 何故出て来ない?」
小さなお地蔵様は、慌てふためきます。
ゴーン ・・・
気が付くと、百八つ目の除夜の鐘の音が、余韻を残しながら虚空の中へ・・・
恵方の地に、静寂な時が訪れました。
困ったお地蔵様は、杖の先で頭を小突きました。
すると、お地蔵様が光り始め、次の瞬間、光柱が天まで伸びて行きました。
小さなお地蔵様の姿はなく、現れたのは、大きな大きな姿の歳徳神でした。
恵方の地に腰を据え、その年の福徳を司る神、年神様でした。
二話 歳徳神の地獄耳 へ 続く