十六話 氷晶雲の幻影とケットの悩みの種(後編2)
金の光に包まれた籠の鳥のケットは ・・・
ぐんぐん上昇して行きます。
「もう無理だーっ!」
ケットが、叫びます。
「ケット! もう少し行ってみようよ。」
可愛い声が、返ってきます。
「ダメだ! ダメだ! 俺は、高所恐怖症なんだーっ」
慌てて叫びます。
「アハハ ・・・鳥なのに?」
「鳥の中にも、高所恐怖症の鳥はいるんだーっ!」
「面白いね。 ケット!」
初めての高空飛行に ・・・
光の国の皇子は、金色の瞳を輝かせて
ケットのお腹の籠の中で楽しそうに、はしゃいでいます。
フワ フワ フワ フワ
何かが、目の前に現れました。
フワ フワ フワ フワ
小さな黒っぽい物が ・・・
フワ フワ フワ フワ
皇子の目の前を、行ったり来たり ・・・
フワ フワ フワ フワ
「ケット! これ、なあに ・・・?」
すると ・・・
いつの間にか ・・・
周りに黒い物が集まって来ていました。
チュ チュ チュ チュ
小さな音が、聞こえます。
チュ チュ チュ チュ
小さな小さな黒い丸い物が ・・・
チュ チュ チュ チュ
膨らんだり、縮んだり ・・・
チュ チュ チュ チュ
たくさん集まっ来て、周りが薄暗くなって来ました。
良く見ると、その小さな黒い物は ・・・
一か所穴が開いていて、チュチュ と言いながら
何かを吸い込んでいます。
ケットの額に一つ、黒い物が止まりました。
払おうとしても、吸引力が強くて離れません。
みるみる内に、体中に張り付いて来ました。
「うわ~っ! これは、何だ!」
ケットの周りは、小さな黒い物で覆い尽くされ ・・・
金の光を遮るように、辺りはどんどん暗くなって行きます。
晴天だった空が、だんだん薄暗くなって ・・・
追い掛けていた金の光が、薄くなって来ました。
「大変だ! やはり反応が早いな!」
ボイスが、少し慌てます。
「おーい! この黒い小っちゃい物は何だーっ!」
スッキー魔が、叫んでいます。
「ブラックボールだ! 気を付けろ!」
「あー? 何だそれ?」
「光を食べて成長するんだ!」
「何て数だーっ! あっ! 張り付いたーっ!」
「吸引力が強いから気を付けろ!」
「わあーっ! 取れねぇーっ! どうすりゃいいんだーっ!」
「冷やせ! 冷やして動きを止めるんだ!」
チュ チュ チュ チュ
ケットに張り付いたブラックボールは ・・・
チュ チュ チュ チュ
入り口の、ブラックマウスをパクパクさせて ・・・
チュ チュ チュ チュ
どんどん光を吸い込んで ・・・
チュ チュ チュ チュ
すごい勢いで、成長して行きます。
ケットは、どんどん張り付いてくるブラックボールに ・・・
身動きが取れず、みるみる真ん丸になってしまいました。
ブラックボールは、構わずに成長して行きます。
ある程度成長すると、一つ一つが合体して大きくなって行きます。
大きくなると、吸引力も強くなります。
早く止めないと、大変な事になってしまいます。
チュ チュ チュ チュ
ブラックボールの一つが ・・・
チュ チュ チュ チュ
光の国の皇子のほっぺに止まりました。
チュ チュ チュ チュ
小さな手で、引っ張ってみます。
チュ チュ チュ チュ
ほっぺが、びよ~ん と伸びるだけで離れません。
それどころか ・・・
皇子のほっぺに止まったブラックボールは ・・・
一気に成長して、周りのブラックボールと
次々と合体して行きます。
皇子の金色の光が、ブラックボールの成長を一気に加速させたのです。
ボイスは、今まで色々な体験をして来ました。
ブラックボールとも何回も出会い、難を乗り越えて来たのです。
しかし ・・・
ボイスは、少し推測を間違えていることに、気が付いていませんでした。
「おい! あの黒い、でかい物は何だ!」
スッキー魔が、驚いて叫びます。
「やや! ブラックボールの成長が速い ・・・」
ボイスは、まだ ・・・冷静に考えます。
「すごい吸引力だーっ! 吸い込まれるーっ!」
スッキー魔が、慌てまくっています。
「間に合わないか? もう少しで凍るのに ・・・」
ボイスは、少し焦ります。
ケットの周りにくっついていたブラックボールが、
どんどん合体して行くのが見えます。
大きなブラックマウスが、すごい吸引力でケットを飲み込もうとしています。
ケットは、必死で羽をバタバタさせて抵抗しています。
しかし ・・・
徐々に吸い込まれています。
「おい! 何とかしろーっ! やばいぞ! すごい力だーっ!」
スッキー魔も、慌てて戻ろうとしてバタバタしています。
しかし ・・・
吸引力が強くて、徐々に吸い込まれて行きます。
ボイスは、焦ります。
「成長が速い! なぜ ・・・? あっ! そうか?」
ブラックボールは、光を食べて成長する黒霧です。
光の国にとって、最大の天敵です。
早く対処しないと、次々と合体して大きな力を持ってしまう厄介物です。
しかし、冷やして凍らせると動きが止まり、あっけなく砕けてしまいます。
ボイスは、気が付きました。
皇子の金色の光が、ブラックボールの成長を早めている事を ・・・
「そうか、妖精の持つ光よりもエネルギーが強いんだ!」
と、思った時 ・・・
「おい! ダメだーっ! 吸い込まれるーっ!」
スッキー魔の、大きな声が響き ・・・
「何でこんな目に・・・あわなきゃ・・・いけないんだーっ・・」
スッキー魔が、ブラックボールの大きな入り口の
ブラックマウスに、吸い込まれて行くのが見えます。
「どうすれば ・・・?」
ボイスは、かなり焦っています。
ボイスにとって、こんなピンチは久しぶりです。
光の卵から産まれたての ・・・
未熟な妖精だった頃以来の大ピンチです。
「う~ん ・・・?!」
ボイスは、追い詰められます。
額に汗が垂れ ・・・
ぎゅっと握った拳が、熱くなります。
すると ・・・
握った拳が、光り始めました。
「あっ!」
そう言うと、ボイスは ・・・
拳の中の物を、思いを込めて ・・・
思いっきり、スッキー魔の所へ投げました。
「グググーッ!」
スッキー魔は、ブラックマウスに吸い込まれながらも ・・・
バタバタして必死で、抵抗しています。
しかし、もう限界です。
すると ・・・
目の前に、光の玉が現れました。
「スッキー魔! 冷やせーっ!」
ボイスの声が、頭の中に響きました。
スッキー魔は、最後の力を振り絞って ・・・
光の玉に、冷たい息を吹き掛けました。
光の玉は、スッキー魔の冷たい息に反応して、くるくる回転し始めました。
同時に白い水蒸気を吹き出し、ブラックボールを覆います。
そして、一気に冷却して凍らせてしまいました。
大空に、大きな氷晶雲が出来ました。
そして ・・・ キラキラと地上に落ちて行きました。
「何だよーっ!こんな隠し玉があるなら早く出せよーっ!」
スッキー魔は、 ぶつぶつ言いながら ・・・
目をくるくる回して泡を噴いているケットと ・・・
ケットのお腹の籠の中で、ぐっすり寝ている皇子を腕に抱いて・・・
キラキラと降る ・・・
氷の結晶の中から現れました。
「女神様が、くれた物なんだ。」
「はあ~っ?」
「困った時にしか、反応しないんだ!」
虹色の光が輝いています。
「ボイス ・・・ これを ・・・」
光の国を離れる時に ・・・
女神様が、美しい真珠色に輝いた宝玉をくれました。
「困った時に ・・・使いなさい ・・・」
女神様の声が、蜃気楼のように頭の中に響き渡ります。
「母さん、 母さん。」
指ぬき父さんの呼ぶ声が聞こえます。
針山母さんは ・・・
また、慌ててお裁縫箱の家から飛び出して来ました。
「どうしたの? まあ! 綺麗・・・」
空には、美しい大きな虹のリングが ・・・
おとうふ山の麓まで掛かっていました。
「でも、おかしな天気ね・・・?」
大輪の花のように美しい虹は ・・・
七色の帯を揺らして、優しく微笑んでいるように見えました。
十七話 こっぱ天狗ともんじゅの木 へ ・・・続く ・・・