十三話 おとうふ山の主と閂寺の閂和尚
あいつが目覚める時 ・・・
時の歯車が動き出す ・・・
過去と未来の ・・・ 時の狭間に迷い込む ・・・
くるりくるりと回り始め ・・・
次々と動く歯車が ・・・ 幾重にもかさなり ・・・
さまざまな別世界の ・・・幻が姿を現す ・・・
悠久の時の流れの中で ・・・
タッ タッ タッ タッ
軽やかな足音が、坂道を下って行きます。
タッ タッ タッ タッ
赤く輝く様な ・・・ 景色の中を ・・・
「早く行かないと ・・・ ミロロが待ちくたびれちゃうわ」
カチッ!
何かが、動きました。
「あれ ・・・?」
不思議に思ったけれど ・・・気のせいだと思い
イグサは、そのまま山を下って行きました。
サワ サワ サワ サワ
草原に ・・・ 風の音が聞こえます。
サワ サワ サワ サワ
葉の擦れる音が ・・・ 風に重なります。
「イグサー! 何してるのー?」
ミロロが、大きな声を掛けます。
いつまでも迎えに来ないイグサを ・・・
心配して、探しに来たのです。
イグサは ・・・
おとうふ山の麓の、卯の花草原を歩いていました。
ミロロに、気づいてか ・・・?
こちらに向かって来ます。
「心配してたのよ!」
イグサに声を掛け、触れようとしたら ・・・
そのまま ・・・
ミロロの体の中を,通り過ぎて行きました。
「えっ?」
と、思って振り向くと ・・・
カチッ!
何かが動きました。
「何 ・・・?」
と、思って周りを見ると ・・・
イグサは、何処にもいません。
草原も消え ・・・
気が付くと 、ミロロは ・・・
どろ~んとした、白一色の世界にいました。
真っ白な、玉露が美しく ・・・ 漂っていました。
シュッ シュシュッ シュッ シュシュッ
サミーが、風を切って走って行きます。
シュッ シュシュッ シュッ シュシュッ
地下足袋のシュンソクも一緒です。
シュッ シュシュッ シュッ シュシュッ
サミーと、いつも一緒の履物一族のシュンソクは ・・・
シュッ シュシュッ シュッ シュシュッ
一族の中で、一番速く走ります。
風のように走り抜けて行くサミーとシュンソクは ・・・
仲間のみんなと、かなり離れて先を行きます。
おとうふ山の麓の、卯の花草原を通り抜けようとして ・・・
「あっ! イグサ!」
イグサを見かけて、シュンソクが急に止まったので ・・・
どたーっ! ころころ~ ころころ~ ・・・
サミーは、つんのめって転がってしまいました。
「痛ーっ! 何なんだよー! 急に !?」
シュンソクに文句を言いながら、体についた泥を払います。
「見て! イグサがいる ・・・」
「あっ! 本当!
おーい、イグサー! 何してるんだー・?」
サミーが声を掛けて、近づいて行きます。
イグサは、気づいてか ・・・?
近づいて来て 、そのまま ・・・
サミーとシュンソクの体を、通り抜けて行きました。
「あれーっ?」
と、思って振り向くと ・・・
カチッ!
何かが動きました。
ハァー ハァー ハァー ハァー
「やっぱり ・・・シュンソクは速いなー!」
カタンの足元で ・・・
雪駄のヌクマルが、感心して走っています。
ハァー ハァー ハァー ハァー
「さすが、シュンソクね! 何処にもいないわ!」
マチバのお気に入りの ・・・
赤紫色のシューズのマゼンタが、息を切らしながら答えます。
ヒー フー ヒー フー
「待ってくれー!」
高下駄のアシダが、後を追い掛けてきます。
重い指ぬきのヌッキーを引っ張りながら ・・・
ビューッ ~ ビューッ ~
おとうふ山の麓の卯の花草原に ・・・
ビューッ ~ ビューッ ~
何もなかった様に、冷たい風が吹いています。
「でも ・・・ おかしいよ?」
カタンが首を傾げて ・・・
「何処にもいないなんて ・・・
急に消えてしまったみたいだ ・・・」
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
おとうふ山の中腹にある、閂(かんぬき)寺から ・・・
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
木魚(もくぎょ)と ・・・ 数珠(じゅず)と ・・・
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
叩き鉦(かね)の ・・・
リズムのいい音が、聞こえて来ます。
閂寺の閂和尚が、お経をあげている様です。
「和尚様、お客様です。」
閂寺で修行をしている、小坊主の梵念(ぼんねん)が ・・・
お客様を連れて、やって来ました。
「あれ~?」
仏殿の扉を開けると ・・・
和尚様は、何処にもいません。
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
和尚様の代わりに、経本が大きな口を開けて ・・・
お経をあげていました。
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
木魚が、大きな目玉をキョロキョロさせて ・・・
梵念に気付くと、ウインクして目配せします。
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
数珠が、ジャラジャラダンスを踊りながら ・・・
いない いないと、手を振ります。
ポコ ポコ ジャラ ジャラ チーン
叩き鉦が、あっち あっちと指をさします。
梵念が、お客様を連れて ・・・
次の間へ 歩みを進めると ・・・
「真っ直ぐ畑に、金の果実が実ったと ・・・?」
閂和尚の、大きな声が聞こえて来ました。
「そうなんじゃ~! その果実が ・・・
また、元気いっぱいに動き回るんじゃ~ ・・・」
ものさし爺さんの、元気な声も聞こえてきます。
「そんな馬鹿な ・・・果実が動き回るなんて ・・・ハハハ」
和尚が、笑い飛ばします。
「おまけに 、金の卵を産んで ・・・
その卵が、飛んでっちまったんじゃ~ ・・・」
巻尺爺さんも、声を揃えます。
「はあ~っ?」
和尚が、大きな口を開けます。
「食べられないらしいわよ~。 その卵 ・・・
気絶していた、不思議な女の子が言ってたわ ・・・」
六べえが、言葉を添えます。
「不思議な女の子 ・・・?」
和尚が、頭を捻って考え込むと ・・・
「あーっ!」
チョクチョクが、大きな声を出します。
「何か知ってるのかな ・・・? チョクチョク ・・・?」
和尚が、チョクチョクを見ます。
ものさし爺さんも、巻尺爺さんも ・・・
六べえ、ノッペ、シッケ、アマモーリも ・・・
みんな、チョクチョクに視線を集めます。
「あ~ いやいや ・・・ 知らない ・・・知らない・・・」
珍しく、口を濁します。
赤くなって、うろたえているチョクチョクを ・・・
可笑しそうに、マールが横から見ていました。
「相変わらず、賑やかじゃねえ~」
梵念の後ろから ・・・
糸一族の躾糸婆さんが、現れました。
履物一族の、右座衛門と佐座衛門も一緒です。
「これは、これは、皆お揃いで ・・・
何かあったかね ?」
和尚が、尋ねます。
「これを見てくれ!」
最後に入って来た刃物一族の、まさかり頭領が ・・・
古いボロボロの紙切れを、懐から出しました。
しかし ・・・
「あーっはっはっ!! ・・・」
頭領を見て、一斉に大きな笑い声が、起こります。
「どうしたんだい ・・・?
そのでっかいたんこぶは ・・・ ハハハ ・・・?」
六べえが、笑いながら尋ねます。
「これかい? よく分からないけど ・・・
金色のキラキラしたものに、蹴られたんだ!」
まさかり頭領が、大きいたんこぶの出来ている
おでこを、撫でながら答えます。
「う~ん ・・・? また ・・・金色か?」
和尚が、首を傾げて考えます。
すると ・・・
タッタカ タッタカ タッタカ タッタカ
駆けて来る足音が、聞こえて来ます。
タッタカ タッタカ タッタカ タッタカ
とても、急いでいる様子の足音です。
ドタ ドタ ドタ ドタ
仏殿の廊下を、大きな音をたてて近づいて来ます。
ドタ ドタ ドタ ドタ
一人では、ない様です。
襖を開けて、勢いよく入って来たのは ・・・
「和尚様! 大変なんだーっ!」
糸一族の御曹司のカタンです。
ヌッキーとマチバも、一緒です。
「何事だい。 行儀が悪い! 騒々しいねえ。」
糸一族の躾糸婆さんの、叱咤の声が飛びます。
「あっ! 婆様!」
カタンは、急いでその場に正座します。
ヌッキーとマチバも、急いで座ります。
「どうしたのかね? そんなに慌てて ・・・」
和尚が、尋ねます。
「サミーとシュンソクが、消えてしまったんだ!」
ヌッキーが、大きな声で答えます。
「ミロロとイグサも、姿が見えないの ・・・?」
マチバも、心配して答えます。
「う~ん! 不思議なことが続くもんじゃのう~?」
ものさし爺さんが、唸ります。
「それで ・・・ 何か他に変わった事がなかったかね?」
和尚が ・・・又、尋ねます。
「サミーが、言ってたんだ。
ケットが、金の矢に射抜かれたって ・・・
そして ・・・おとうふ山が、金色に光ったって ・・・!」
カタンが、みんなを見回して答えました。
十四話 氷晶雲の幻影とケットの悩みの種(前編)へ 続く