一二話 ものさし爺さんの涙と・・・

季節外れの百合の花

 遠い遠~い世界の北の果てに ・・・

たくさんの氷山に囲まれた、氷結の海があります。

 

 その氷の海を越え、猛吹雪の大氷原を越えると ・・・

体中の血が凍りつくと言われている地に、

凍った月影が美しく輝く ・・・

北風大王が住んでいる氷の国があります。

 

 変幻自在で、姿形が分からない北風大王の、

大きな大きな口から流れ出る冷たい風は、世界中に広がります。

 

 体中が凍りつくと言われている、その冷たい風は ・・・

お裁縫箱の国にも届き、冬の厳しさを伝えます。

 

 

 ジロ ジロ  ジロ ジロ

大きな目が、いくつもあります。

 ジロ ジロ  ジロ ジロ

パチパチしながら、見つめられています。

 

「ジロジロ見られて、恥ずかしいわ」

白い肌をピンク色に染め ・・・

花の妖精のリリは、はにかんでいます。

 

 

 ジロ ジロ ジロ ジロ

好奇心旺盛な目は ・・・

 ジロ ジロ  ジロ ジロ

じーっと、二人を見つめます。

 

「そんなに、珍しいのかしら ・・・?」

自由自在に変化する、そよ風の妖精ココの透き通った肌は ・・・

大勢の木々たちに見つめられ、今は真っ赤に染まっています。

 

「でも、おかしいわ!」

ココが、不思議に思って ・・・首をかしげます。

 

「何が ・・・?」

リリが、小さな声で尋ねます。

 

「この国は、確か ・・・まだ未発達で ・・・

 木々は、まだ目覚めていないはずよ」

すると ・・・

 

 カサ カサ  カサ カサ

落葉の中から音がします。

 カサ カサ  カサ カサ

落葉が盛り上がります。

 

 

「ヨイショ ・・・コラショ・・・もう少し ・・・」

声が、聞こえます。

「イッチ 二ッ! イッチ ニッ!」

掛け声も、聞えます。

 そして ・・・

落葉の中から小さな顔を出したのは ・・・?

 

 松の木の果実 ・・・松ボックリです。

ボックリは、ココとリリを見て ・・・にっこり!

 

 そして ・・・敬礼をしながら ・・・

「君たちのおかげで、目覚める事が出来ました。」

と、小さな口を開いて、しゃべり始めました。

 

 ココとリリは、顔を見合わせて ・・・

「どういうこと ・・・?」

驚いていると ・・・

 

 

 ピコ ピョコピョコ  ピコ ピョコピョコ

落葉の間から ・・・

 ピコ ピョコピョコ  ピコ ピョコピョコ

次々と、可愛い小さな顔が現れ ・・・飛び出してきます。

 

 ナラやカシ、クヌギなどのどんぐりたちです。

「イッチ ニッ  イッチ ニッ」

どんぐり達は、一列に並んで ・・・

「イッチ ニッ  イッチ ニッ」

ボックリを先頭に、行進を始めました。

 

 どうやら ・・・

ボックリが隊長の、ボックリ隊の様です。

隊長の次に、いがに包まれた栗のクリクリ、

シイ、ナラ、カシのどんぐり兵が続き ・・・

最後に、シイタケを背負ったクヌギが並んでいます。

 

「イッチ ニッ  イッチ ニッ」 

ボックリ隊は、ココとリリの前まで来ると ・・・

「イッチ ニッ  イッチ ニッ」

 

「全体~止れ!」

ボックリ隊長の大きな掛け声が聞こえ ・・・

「イッチ ニッ  イッチ ニッ」

栗のクリクリから、順番に止まって行きます。

「イッチ ニッ  イッチ ニッ  サン ・・・」

あれ~ ・・・?

 

 コト コト  コト コト

一番最後の、シイタケを背負ったクヌギが止まれず ・・・

 コト コト  コト コト

次々と折り重なって ・・・

 コト コト  コト コト

先頭のボックリ隊長まで ・・・

 コト コト  コト コト

順番に倒れてしまいました。

 

 

「こらーっ! 何をしてるんだーっ!」

ボックリ隊長は、真っ赤になって怒っています。

 

 

 ココとリリは、思わず ・・・

「ぷーっ!」

と、噴出して笑ってしまいました。

 

「笑われてしまったじゃないか―っ!」

ボックリ隊長は、ますます、真っ赤になって怒っています。

 

 まだ、出来立てのほやほやの ・・・

とっても可愛いボックリ隊を見て ・・・

ココとリリは、可笑しくて涙が止まりませんでした。

冷たく凍りつくような空間を ・・・ 

チョクチョクは、全速力で闇の扉に向かって走っています。

火炎魔大王の使い魔のピッピを、呼びに行く途中です。

 

 おとうふ山の闇の扉は、剣谷の渓谷の奥にあります。

早くしないと ・・・ものさし爺さんをはじめ、

仲間の妖魔たちが凍りついてしまうからです。

 

 柊や銀杏、樫の木が連なる林を抜け ・・・

松林にさしかかった時 ・・・

ビヨヨヨヨ~ン!!

「痛ーっ!」

 透明なバリアーに、弾き飛ばされてしまいました。

チョクチョクは、お尻を擦りながら ・・・

「何なんだーっ?!」

 

 前にも同じように、カボチャ畑で弾き飛ばされてしまったことを思い出しました。

辺りをキョロキョロします。

すると ・・・

 

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

雪の様に白い百合の花が ・・・

 ソヨ ソヨ  ソヨ ソヨ

風もないのに、ユラユラ揺れています。

「なぜ ・・・? この季節に ・・・?」

 

 チョクチョクは、そーっと覗いてみます。

すると ・・・

 

 白い百合の花のような顔をした ・・・

美しい女の子が、寝ていました。

「あっ!」

チョクチョクは、思い出しました。

 

 カボチャ畑で ・・・

同じように、透明の空気のバリアーに

弾き飛ばされたときに、見かけた女の子です。

 

 闇の国の妖魔が、決して出会う事がない ・・・

光の国の妖精です。

 

 チョクチョクは、近づいてみます。

しかし ・・・

ある場所まで行くと ・・・

やはり、空気の壁にぶつかり進めません。

 

 チョクチョクは ・・・

初めて見る、不思議な美しい姿に ・・・

目を離す事が、出来ませんでした。

 パチ パキ  パチ パキ

ゆらゆら炎が、揺れます。

 パチ パキ  パチ パキ

枯れ木が、弾ける音がします。

 パチ パキ  パチ パキ

優しい炎が、辺りを照らします。

 パチ パキ  パチ パキ

「いや~っ! 和尚。 助かったよ!」

 

 たき火を囲みながら、ものさし爺さんは ・・・

ほ~っ と、しています。

 巻尺爺さんも、六べえも ・・・

ノッペ、シッケ、アマモーリも ・・・

温かそうに、湯豆腐を食べています。

 

「チョクチョク、遅いな~?!」

マールは、大急ぎで枯れ木を集めながら ・・・

ピッピを迎えに行ったきり、帰って来ない

チョクチョクを、心配しています。

 

 おとうふ山の中腹にある、閂(かんぬき)寺の閂和尚が、

用事を終えてお寺に向かっている途中 ・・・

 

「あああ~っ ・・・ ううう~っ ・・・」

変な声が聞こえて来ます。

「だだだ~っ ・・・ れれれ~ かかか~っ ・・・」

声の方に向かってみると ・・・

 

 ものさし爺さん達が ・・・

凍りついた露天風呂で動けなくなっていたのです。

「これは大変!」

 

 閂和尚は、すぐさま ・・・

湯豆腐の素を振りかけ、お経を上げます。

 

 しばらくすると ・・・

氷が解け出し ・・・

露天風呂がグツグツと、沸騰し始めました。

 

 ものさし爺さん達は、大喜びで ・・・

氷の露天風呂から飛び出して来たのです。

すんでの所で、命拾いをしたのです。

 おとうふ山が、北風大王の大きな口から流れ出す

冷たい風に包まれる頃 ・・・

 

 お裁縫箱の国の沢山の人々が、閂寺に針供養に訪れます。

 

 

「針供養か ・・・。 もう、そんな季節じゃったか ・・・」

 たき火を囲みながら ・・・

巻尺爺さんが、ぽつり と言います。

 

「 ・・・ 」

ものさし爺さんの ・・・

たき火を見る後ろ姿が、寂しそうに見えます。 

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

桜の花が舞う美しい季節 ・・・

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

「真直 (ますなお) さ~ん ・・・」

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

振り向くと、桜色に頬を染めた ・・・

お百合ちゃんが、走って来ます。

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

「真直さんが引いてくれた、真っ直ぐな線のおかげで

 先生に褒められたわ ・・・」

 

 春の暖かい日差しと、桜吹雪が二人を包みます。

 ミ~ン ミンミン  ミ~ン ミンミン

蝉たちが、大合唱を始める頃 ・・・

 

 ミ~ン ミンミン  ミ~ン ミンミン

夏祭りの日 ・・・ 閂寺の境内で ・・・ 

 

 ミ~ン ミンミン  ミ~ン ミンミン

「真直さんに、ピッタリね!」

 

 ミ~ン ミンミン  ミ~ン ミンミン

初めて作ったお揃いの、真っ直ぐ浴衣を着て ・・・

金魚すくいをしました。

 

真夏の夜空に ・・・ 

大輪の ・・・枝垂れ花火が、光り輝きます。

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

おとうふ山が、真っ赤に染まり ・・・

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

紅葉の絨毯が、金色に輝く頃 ・・・

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

「金紗御召を、縫う事になったの ・・・ 

 金地は、ちょっと硬いけど ・・・ 頑張るわ ・・・

 真直さん ・・・また、真っ直ぐな線引いてね ・・・」

 

 ヒラ ヒラ  ヒラ ヒラ

お百合ちゃんの頬が、バラ色に輝き ・・・

 

おとうふ山の ・・・紅葉よりも赤く染まります。

 

 

 サラ サラ  サラ サラ

静かに雪が ・・・ 降り積もります。

 

 サラ サラ  サラ サラ

深々と ・・・ 降り積もる雪は ・・・

 

 サラ サラ  サラ サラ

寒さが痛みとなって ・・・身に突き刺さります。

 

 サラ サラ  サラ サラ

「真直さん ・・・

 真っ直ぐな線を引いてくれて ・・・ありがとう ・・・」

 

 お百合ちゃんの ・・・

最後の言葉が ・・・ 今も、ものさし爺さんの胸を締め付けます ・・・

 

 粉雪が ・・・ 

深々と ・・・静かに ・・・降り積もります ・・・

 

 

  北風大王の冷たい風が吹く頃 ・・・

 

針供養に来る人々の、姿を見かけます。 

 

折れてしまった針を ・・・ 思って ・・・

 

 今年も ・・・ 

 

おとうふ山に ・・・

 

静かに ・・・粉雪が降り始めました。

 

 

十三話 おとうふ山の主と閂寺の閂和尚 へ ・・・

                        続く ・・・